矢野とザリガニ

( 2005年2月 執筆)
 関西の超・人気プロ野球球団、阪神タイガース。
 その阪神が、何かの間違いで(?)優勝してしまった2003年、たけちゅうは急遽関西に帰省し、夜な夜な優勝を祝っていた。  興奮冷めやらぬ翌日、大阪はTVもラジオもどこも朝から阪神一色。新聞折り込みの地域報も「阪神優勝おめでとう!」の記事であった。
 その記事を読んでいた母親が、不意にたけちゅうに訊ねた。
 「なあ、矢野て、U小学校やねんてなー。年もたけちゅうと一緒らしいけど、矢野くんて、覚えてるか?」
 記事には、”矢野選手はこの近所の出身だ、近所からヒーロー誕生だ”という主旨の記事が載っていた。矢野といえば阪神タイガースの正規キャッチャー、間違いなく選手の中核をなす一人である。
 たけちゅうは返事した。
 「・・・クラスに矢野いう奴はおらんかったなぁ。違うクラスの奴らは全然知らんわ。」
 「そうかー。」 惜しいなあ、という感じで、母親もつぶやいた。

 U小学校は、転校までの低学年を過ごした所。そこで同じ学年−−−面識はなかったものの、たけちゅうのそばに未来のヒーローが居て(大阪で、阪神の選手といえばヒーロー!)知らず知らずニアミスしてたのかと思うと、数十年前を思い浮かべて、少し不思議な感慨にふけらされた。
<阪神・矢野燿大さん>
 そして翌年−−−−
 2連覇を期待されてた阪神は、いまひとつピリッとしない試合をくり返し、”今年は優勝アカンなぁ、また20年後かなー”という雰囲気を漂わせ始めていた。
 そんなある日、たけちゅうは、webか何かでザリガニの話を読んでいた。そして子供の頃のことを思い出していた。
「ザリガニかー。近所の池でザリガニが獲れたっけ。学校でもザリガニが流行ったなあ。
ワシもザリガニに夢中やったなぁ。子供同士でザリガニの交換とかもしてたっけ・・・・
て、・・・・ぁ、ぁぁあああああああ!!!!!!」
 思い出した! 思い出したぞ!!!

 たけちゅうは、違うクラスの”矢野”という奴と、ザリガニの交換をしていたのだ!!

 小学校2年の頃の”矢野”は、いかにもヤンチャ坊主という感じで、クラスが違うので仲が良かったわけではないが、一応お互い面識はある、といった間柄だった。
 ある日ザリガニをバケツに入れて近所をうろついてると、突然、”矢野”に声をかけられた。
 「なあなあ、ザリガニ交換せえへん? おまえの1匹と、オレの3匹。」
 一匹が3匹に。破格の交換ではないか? うまい話だ、たけちゅうは即座にOKした。あたりはもう暗くなりはじめていたが、とりあえず”矢野”についていった。
 ”矢野”の家に行くと、なるほど、確かにザリガニが3匹。しかしそれは、たけちゅうの持っている赤いアメリカザリガニとは違い、体が小さくて貧弱で、色も見慣れぬ黄土色をした、ニホンザリガニだった。
<小ぶりなニホンザリガニ>
 「はい、ほんなら交換な。」
 ”矢野”は満足そうに言った。約束は約束、たけちゅうは、何となく釈然とせぬ思いに駆られながら、そのトレードを受け入れた。
 きっと”矢野”は、体が大きくて頑丈なアメリカザリガニが欲しかったのだろう。たけちゅうは自宅に帰り、数は増えたけど貧弱になってしまったザリガニ3匹を眺めながら、「この交換は良かったんやろか? ダマされたんとちゃうやろか?」と自問自答しつつ、「ま、数が増えたからエエやんか」と、自身を納得させていた。

 そういえば、その”矢野”は、少年野球をやってると聞いたことがあったような気もする。
 あの”矢野”がなぁ・・・・阪神の矢野なんかー。
 矢野選手は、たぶんこんな事は覚えてはいないだろう。しかし、まさかあの時のザリガニトレードが、数十年後にこんな意味を持つとはなぁ・・・おもしろいもんや。
 客観的にみて、来年の阪神にも、優勝を望むのは酷そうだ。しかしできることなら、何度か優勝をくり返して、
 「ワシはあの阪神のなー、あの矢野となー、ザリガニ交換したことあるんやぞ!♪」
と、もっと自慢させてもらえたら、と願っている。
('05 2/18 執筆 たけちゅうwebより再掲)